テレビウォッチャー

2014年10月31日金曜日

第17回:視聴「質」調査の導入をめぐって①

TBSとフジテレビのバトル
 それは19872月、TBSによる4月新番組についての記者会見の席上で起きた。
 TBSが好調なフジテレビのゴールデンタイムの視聴率について、“確かにフジの視聴率は高いかも知れないが、それは7時台のマンガの視聴率が高いことによるもので、子供向けのアニメを見るような世帯は視聴層も偏っており、TBSほどの「多様性」はない”と主張。わがTBSの番組はフジテレビのように「小衆・分衆」といった特定ターゲットにしか見られないのではなく、子供から大人まで多様な人々に見られているのだと一蹴したのである。
 これに対し、フジテレビ社長の羽佐間重彰(赤穂四十七士・間光興の子孫)が、TBSの発言を“引かれ者の小唄だ”と応酬。両局による番組編成・制作を巡る論争は、ジャーナリズムの格好な関心の的となったのであった。

主協(日本広告主協会:現・日本アドバタイザーズ協会)が肩入れ
 こうしたTBSとフジテレビの視聴の「質」を巡る論議に、広告主側から“ターゲットにどれだけ見られているかを示す新たな指標として「視聴質」という尺度があってもいいのではないか?”という考えが出され、日本広告主協会(=主協、現・日本アドバタイザーズ協会)の電波委員長・福原義春(当時、資生堂社長、洋ランの研究者)から、正式に番組の視聴の質を測る具体的な評価基準の一環として、「ターゲット別視聴率」の必要性が提起され、その解決策として、当時、米国で導入されたばかりの機械式個人視聴率測定装置「ピープルメータ」の導入の可能性が俎上に上がったのであった。
  当時、わが国では三井造船、NTT通信、ミノルタ、海上電氣などの各社が魚群探知機と超音波の技術を使って機械式による個人視聴率測定装置の開発を推進。1990年、日本データコム社が、わが国初の機種として「Vラインメータ」を完成させた。
 この測定機完成の報に、“「視聴質」の問題が解決できる”と、いち早く主協が反応したのであった。

「ピープルメータ」の導入を巡る綱引き
 他方、在京テレビ5社も同年11月、編成・営業・調査部長らによる「個人視聴率問題懇談会」を発足させ、主協の動向に対応する姿勢を見せたのである。
 活字メディアを味方に引き入れ、“先進国でピープルメータ調査を導入していないのは日本だけ”との論陣を張り、ピープルメータの導入に積極的な主協は、視聴率ビジネスでビデオリサーチに水をあけられ、焦るニールセン社に対し、“支援を惜しまないから”と、この新システムの導入を働きかけたのである。
 電波委員長・福原の攻勢は鋭く、主協は日本民間放送連盟(民放連)、日本広告業協会(業協)に声をかけ、すでにこの調査を導入している米、英、仏にむけて「研修視察」の敢行を促したのであった。視察旅行は、三業態の呉越同舟の旅ではあったが、コミュニケーションの醸成には大いに役立ったようで、帰国後の議論では、“導入は時期尚早であり、ベターな測定機器の完成を待っても遅くはない”と、一致した結論が示された。
 梯子を外されたのは、主協の支援が得られると当てにしていたニールセンである。社長の堀越慈(元・ライオン歯磨、慶應ラグビーの名プレーヤー)が福原のもとにねじ込んできた。“ならば米国で実験中の完全自動化測定装置「パッシブメータ」のデモをやらせて欲しい”と食い下がったのである。

 そこには、なりふり構わぬ堀越の「焦り」が垣間見えたのだった。(つづく)

2014年10月1日水曜日

第16回:大きく舵を切った80年代の米国視聴率調査

3大ネットワークを脅かすCATV
 米国のテレビ事情について、少しお話ししてみよう。
 1970年当時、テレビが最もよく視聴される夜の時間帯(プライムタイム)の3大ネットワーク(ABCCBSNBC)のオーディエンス・シェア(全世帯のテレビ視聴に占める3大ネットワークの視聴割合)は、軽く90%を超えており、圧倒的な力を示していた。
 ところがテレビの難視聴対策として登場したケーブルテレビ(CATV)の成長は著しく、当初は7チャンネルの番組しか楽しめなかったケーブルテレビの受信契約は順次増加し、1990年には33局も視聴できるようになり、ついに3大ネットワークのオーディエンス・シェアは40%を下回るほどにまで落ちていったのであった。
 当然のことながら、記憶に頼る日記式の調査手法で、多局化したテレビを見ている人の視聴を正確に測定することは出来なくなったのである。

マーケット・セグメンテーションへのニーズ
  加えて広告主は自らの商品広告に「セグメンテーション」の考え方を導入。自社製品のターゲットに合わせたマーケティング・データとして、性・年齢別の細かい視聴率データを求めたのである。
 コカコーラやジレット、マクドナルドなどの広告主は、Y&RJ.W.トンプソン、BBDO、テッド・べーツ、グレイ、レオバーネット、マッキャンなどの大手広告代理店を焚きつけ、当時英国でターゲット別の個人視聴率の調査を実施していたAGB社に米国での実験調査を呼びかけ、ボストンで機械式視聴率調査「ピープルメータ」の実施に踏み切らせたのであった。

お尻に火がついたニールセン
 英AGB社から商品ターゲット別に集計される個人視聴率の結果は大きな評価となって業界を席捲。これまで「時期尚早」を決め込み、この調査の導入に極めて否定的な立場をとっていた米ニールセン社も、やむなく導入に踏み切らざるを得なくなったのであった。
 とはいえ、全米1,000サンプルによるニールセンの機械式個人視聴率測定機(ピープルメータ)の調査は、業界に大きな波紋を投げかけたのである。この調査の導入に積極的な
大手広告主に対し、ピープルメータ調査からはじき出される視聴率は、従来の日記式調査に比べ1割以上も低く出たため、ネットワーク各社は断固反対を表明し、ネットワーク局が中心となってニールセンの視聴率調査の妥当性を監査している「CONTAMComittee On Nationwide Television Audience Measurement」は、ニールセンのピープルメータ調査に対し、“CBS lashes out at meter flaws’(ニールセンの調査は欠陥とCBSが批判)”なる記事で応酬。事態は正式導入か否かを巡って、紛糾した。
 この調査の問題は大きく二つ。調査対象サンプルの代表性とボタン操作の信頼性を巡る論争であった。1987年、この導入は果たされるのであるが、10年後、今度は同じ問題が、わが国において繰り返されることになるのである。            (つづく)