テレビウォッチャー

2015年4月16日木曜日

第22回:視聴「質」調査 導入後日談

  視聴「質」調査をめぐる論議は、米国で「ピープルメータ調査」が導入された1987年以来、およそ10年を経た後、ビデオリサーチ社によって、1997年にわが国でも本格導入された(ニールセン調査の導入は1994年)。
 しかし導入後、その余波は大きく、数々の「逸話」を生んでいる。その逸話をいくつかご紹介しよう。

資生堂と女子マラソン
 わが国化粧品メーカー最大手の資生堂は、その企業理念として“一瞬も一生も”を掲げ、主として女性の「美と健康」に資することを目標に、弘山晴美選手や谷川真理選手などを輩出。女子マラソンの冠スポンサーとして、業界発展に大いに貢献したことは、よく知られるところである。
 その資生堂が「ピープルメータ調査」の結果を見て、腰を抜かさんばかりに驚いた一件があった。当時、資生堂の宣伝部コーポレートコミュニケーション戦略室長の職にあった大竹和博(故人)が、社長の福原義春(当時)に呼びつけられ、“広告に無駄な経費をかけるな”と叱責されたのである。

女子マラソンを見ているのは高齢男性だった
 資生堂には「ランニングクラブ」があって、多くの選手が女子陸上界で活躍している。なかでもマラソンはテレビ中継され、資生堂の「花椿」のゼッケンを付けて疾走する女性ランナーたちの姿は、同社の「美と健康」のモットーにぴったりのコンテンツである。
 ところがこのマラソン中継が、同社製品のメイン・ターゲットであるF120~34歳女性)をカバーしてないことが「ピープルメータ調査」の視聴率結果から判明したのである。“若い女性たちに「女子マラソン」を見てもらおうとこの番組を提供しているのに、見ている人の多くがM235~49歳男性)やM350歳以上男性)では、広告費をどぶに捨てているようなものではないか!”というのが、福原の叱責理由であった。大竹が善後策に奔走したのは申すまでもない。後日、某業界誌での鼎談に大竹氏とご一緒したとき、その苦心談を聞かされ、大いに同情したものである。

女子マラソンを高齢男性が見ているわけ
 では、どうして女子マラソンの中継がターゲットであるはずの「女性」たちに見られたのではなく、「男性」たちによく見られたのだろう?
 もともとマラソンは、その過酷な運動量が求められるため、女性ではなく、男性の競技として生まれたものである。また近頃のマラソンは五輪の選考基準として開催されるため、記事掲載は、往々にして男性選手の話題が中心となっている。果たして女子マラソン開催を伝える記事が、活字メディアに掲載される機会が多くあったといえるだろうか?「女子マラソン」のテレビ中継を、是非、若い女性たちに見て欲しいと記事に、広告紙面として、大きく取り扱われただろうか? 
 翻って、なぜ女子マラソンは、男性視聴者によく見られたのだろうか? 少しうがった見方をすれば、女子ランナーを追いかけるカメラに、その一端があったろうと思われる。美形ランナーの顔を大写しにしたり、胸のあたりや下半身の揺れ動く様を執拗に撮り続けるテレビ・キャメラが、高齢視聴者の「好奇心」を刺激しなかったかといえば、嘘になるだろう。日曜の昼下がり、テレビの前にかじりついて番組を見ているM3たちにとって、「女子マラソン」の中継が恰好のお楽しみの一つとなったといっても過言ではあるまい。
 いずれにせよピープルメータ調査の視聴率が、大手広告主資生堂の番組提供のあり方に大きな一石を投じたことは間違いないことであった。 (つづき)

2015年3月3日火曜日

第21回:視聴「質」調査の導入をめぐって⑤

ピープルメータ調査の「検証」
 ニールセンが日本民間放送連盟(民放連)のピープルメータ調査導入反対を押し切って「独断実施」したのに対し、ビデオリサーチがとった300世帯による同社ピープルメータ調査の実験結果のデータ提供(19953月)は、民放連、主協(日本広告主協会=現・日本アドバタイザーズ協会)、業協(日本広告業協会)に、極めて好意的に受け止められた。
 三業態は、早速、学者諸氏に対して、このデータの「検証」を委託した。学者諸氏は、ビデオリサーチ社のピープルメータ実験調査について、調査サンプル世帯の応諾率(=代表性)、調査対象サンプル各人の視聴入力(=ボタン操作)の正確性、測定手法の妥当性の3点から検証しようとしたところ、驚いたことにこの「検証」には“是非わが社の調査も加えて欲しい”と、ニールセンから、この実験への参加申し入れがあり、次の5項目について「検証」することになった。

曖昧な検証結果
 半年かけて①サンプリングの状況、②視聴実態の記録に関する事項、③サンプルの管理、④センサーと警報の効果、⑤データ管理と集計システムについて行われた「検証」結果は、19966月、「機械式視聴率調査検証報告書」として、まとめられた。
 しかしながら、学者諸氏のこの調査に下した「見解」は、いかようにも取れる曖昧なものであった。すなわち“両社の調査には、いくつかの問題点はあるものの、適切な改善がなされれば、個人視聴率を測定する方法としては有効”というものだったからである。
 この見解に対し、「いくつかの問題点がある」という前段の指摘を重く見た民放連は、“導入は時期尚早”と導入反対を強く唱え、一方の主協は後段の「測定方法としては有効」との見解をもって“お墨付きが得られた”と、早期の導入を激しく迫ったのである。
 学者諸氏による「検証」が、玉虫色の見解として示されたために、かえって事態は混乱。導入論議は出口の見えない「袋小路」に陥ってしまったのである。

事態を突き動かした業協
 こうした「膠着状態」にあったピープルメータ調査を導入に向かって突き動かしたのは、わが国の二大広告代理店の電通と博報堂であった。両社のテレビ担当役員は“もはや機械式個人視聴率の必要性を強く求める外資系スポンサーの声を拒み続けることは出来ない。一刻も早くピープルメータ調査の導入を!”と在京民放5社を説得して回ったのである。
 民放連は「テレビにとって視聴率とは」と題したリーフレットを作成して、“視聴率はあくまでも世帯視聴率が中心であり、個人視聴率をメディアの取引データとしては利用しない”という個人視聴率問題特別委員会見解を提示して導入に反対したものの、早期導入に傾いた流れを止めることは出来ず、今後とも「視聴率に関する懇談会」のもと三業態として、引き続き継続審議する旨を確認した上で、導入を受け入れたのである(1997/3)

 ピープルメータ調査の導入は上記のように決して円満な「業界合意」ではなかったため、折に触れてぎくしゃくはあったが、時の推移とともに、継続審議も有名無実の反古となり、なし崩し的にピープルメータ調査は視聴率のスタンダードとなっていったのである。

2015年2月2日月曜日

第20回:視聴「質」調査の導入をめぐって④

「ピープル・メータ調査」導入に向けた駆け引き 
  この調査導入に積極的な主協(日本広告主協会:現・日本アドバタイザーズ協会)は、日本ニールセン社には“応援するから”と煽り立て、新聞や雑誌などの活字メディアには毎週のように視聴質の重要性を論じるニュースを配信した。
 他方、導入に慎重な民放連(日本民間放送連盟)は、“時期尚早”、“ベターな測定方法が開発されてからでも導入は遅くない”とのスタンスを決め込み、主協の強硬な攻勢にも一歩も後に引くことはなかった。こうした状況にあってさえ業協(日本広告業協会)は、どっちつかずの「模様見」を決め込んでいたのである。
 渦中のビデオリサーチは動じることはなかった。なぜなら測定機の開発という技術面も、調査サンプルの抽出やサンプル世帯の説得、測定機の設置といったリサーチ面においても“いつでも準備OK”の状況にあったからである。そしてあくまでも導入に向けての三者合意(主協・民放連・業協)がなされたときには、遅滞なく事が運べるよう体制を整えていたのであった。

ニールセンが「勇み足」
 「ピープルメータ」調査の早期導入こそが、ビデオリサーチとの売り上げ面での遅れを取り戻すのみならず、以後の視聴率調査ビジネスを掌握する切り札と考えたニールセンは、主協を後ろ盾に、199411月を機にピープルメータ調査を実施すると宣言したのである(1994/7)。直ちに民放連からは宣言の「白紙撤回」の申し入れがなされ、さもなければ“現行視聴率データの購入契約破棄もやむなし”との強い意向が示されたのである。
 ニールセンは、民放連の「白紙撤回」を単なる脅しとしか思わなかったのだろうか?それとも“主協という強い見方があるから”との過信があったからだろうか?いずれにせよ、予定通りピープルメータ調査を実施したことで、最大の顧客となるはずの民放連を敵に回してしまったのである。
 東・阪・名3地区の主要民放テレビ局はニールセンが宣言通り、この調査に踏み切るや、即刻、契約の破棄を申し入れたため、同社のテレビ局からの視聴率調査収入は「ゼロ」になってしまったのである。

したたかだったビデオリサーチ 
 こうしたニールセンの危機を尻目に、ビデオリサーチの示した「態度」は実にしたたかであった。199410月、測定機の開発状況を開示し、実験結果をまとめたた「データ・ビジョン94」を銀座東武ホテルのバンケット・ホールを借り切って開催。ニールセンがピープルメータ調査を開始、民放連が記者会見でその暴挙をなじる「見解」を発表するのを待って、今がチャンスとばかり、300世帯によるピープルメータ調査の実験を開始するとともに、結果を民放連、主協、業協に向けて発信。三業態のワーキング・グループとの共同研究を提案したのであった。

 この「作戦」は、見事に的中した。機械式個人視聴率調査から弾き出されるデータに、ワーキング・グループは目を見張り、ビデオリサーチの取り組み姿勢を評価するとともに、学者諸氏を交えての「検証会」を始めたのであった。
(つづく)

2014年12月26日金曜日

第19回:視聴「質」調査の導入をめぐって③

米国での視聴率調査カンファレンスに参加
 前回でも述べたとおり、1990年12月6、7日の両日、Arbitron社のP.メグロッツ氏とMediafax社のB.マケーナ氏からの強い勧めによってニューヨーク・ヒルトン・ホテルで開催されたARF(Advertising Research Fpoundation)による“Rating at a Crossroad”というカンファレンスに参加した。
 ARF会長のM.ネイプル氏の基調講演は格調高いもので、“このように変化の激しい中、リサーチ会社は信用を第一とし、確固たる責任を持ち、関係各方面との「対話」と「協調」を持ってリサーチ業務を推進することが肝要である”と、リサーチ・カンパニーの調査により一層の「信頼性」、「妥当性」、そして「正確性」を求めたのであった。
 シンポジュームではリサーチャー各氏から、「新しい測定機の開発」、「対象世帯の調査応諾率の向上」、「調査サンプルの中途脱落の防止策」、「ボタン操作の押し飽き:fatigue」などについて、真剣な発表が行われ、フロアとの激しい討議が交わされた。

スピーカーから得たもの
 カンファレンスの終了後は、スピーカー各氏への面談を申し入れ、およそ半月間かけて、「米国におけるピープル・メータ調査の問題点」について、三大ネットワークや大手広告代理店、広告主など、主にユーザー・サイドからの意見を取材して回った。
 訪問の結果、“ピープルメータ調査は測定機のみならず、調査会社の調査への対応”に大きな問題があることが判明した。つまり「サンプル世帯への調査指導=Sample Education」を如何に行うべきかである。そしてこれらの知見をもとに“この調査を導入するに際しては、ビデオリサーチは如何に対処すべきか?”について、当社独自の施策を作り上げることである。

「個人視聴率調査統括部」へ配転
 ピープルメータ調査の海外情報収集にうつつを抜かしすぎたのかも知れない。当時、経営計画室長にあったが、その任をすっかり忘れ、「新たな視聴率調査に取り組むべき姿」に夢中になったためか、“それなら現場で「導入」でも考えろ”と、配転を命ぜられた。しかも部付部長である。それでも久しぶりの現場は楽しい。それならば“徹底的に「海外情報」を収集してやろう”と、欧米での視聴率調査シンポジューム(WAM:Worldwide Audience Research Symposium)には極力参加し、新たにリサーチャーとの面識を増やし、「識者気取り」で欧米のリサーチャーと論議を展開した。なかでも痛快な経験は、綱渡りでのミーティング・アポイントメントで、“ニューヨーク着何時何分の飛行機に乗るから、待ち合わせは何時にどこどこで”とか、“ニューヨーク発何時何分で、パリ着何時何分。チューリッヒに何時何分に出迎えを頼んでいるから、移動は絶対にコンコルドでなきゃ間に合わない”などといって、経理当局の手を煩わせた。それでも測定機情報の収集やサンプル・エジュケーションにおける「インセンティブ」の効果など、その成果は十分なものであったと自負している。
 ところがそんな折も折、思わぬビデオリサーチ批判が起きたのである。

「資金ショートが開発の足架せに」との週刊誌報道
 ニールセン社のピープルメータ導入に示す「積極的姿勢」に対し、ビデオリサーチ社の「消極姿勢」に業を煮やしたわけではあるまいが、週刊朝日から『ビデオリサーチが土地投資で窮地(1994年1月7,14日合併号)』なるスクープ記事が出た。【地下鉄有楽町線・新富町出口側の約134坪に45億円をつぎ込んだものの地上げは成功せず(中略)、しかも先決的決議事項であるはずの議案にもかかわらず、取締役会に諮られることはなかった】というものである。記事は半ば正確、半ば不正確なものではあったが、1兆7,000億円のテレビ広告費の生死を握る視聴率調査の元締めが、その“「導入」を渋っているには何かしらの理由があるはずだ”という業界の苛立ちが、こうした記事を書かせたと考えられる。
 いずれにせよ、この記事がビデオリサーチの、この調査の「導入」に大きな影響を与え、社内抗争を引き起こし、ひいては石川正信社長の「罷免」の引き金になったことは間違いない。 
(つづく)

2014年12月2日火曜日

第18回:視聴「質」調査の導入をめぐって②


前回までのあらすじ:1962年に始まった機械式の視聴率調査であるが、そのデータについては、さまざまな批判が展開された。なかでも代表的な批判は、“こんなに少ない数で、データは正確なのか?”という「正確性」に関する批判と“猫が見ていても視聴率か?”という視聴の質をめぐる「信頼性」についてであった。
 業界では広告主が中心に視聴率という「量」の尺度のほかに、誰が見ているのかを測る視聴者の「質」という尺度があってもいいのではないかという議論が起こり、当時(1987年)、米国で開始されたばかりの「ピープルメータ調査」のわが国導入の可能性が議論され、活字メディアは“先進6ヶ国でピープルメータ調査を導入していないのは日本だけだ”と煽り立てた。
 こうした批判に、いち早く応じたのが、日本ニールセン社であった。テレビ調査の売り上げで、ビデオリサーチ社に大きく後れを取っていたニールセン社にとって、ピープルメータ調査の早期導入は願ってもない「神風」だったのかも知れない。


“それならわが社が、とニールセン”
  日本広告主協会(主協:現日本アドバタイザーズ協会)の強力なバック・アップが得られるとの確信から、日本ニールセン社は、この導入に積極的であった。いち早く米国での導入の一部始終を発表し、“セット・メータによる世帯視聴の調査はビデオリサーチだが、ピープルメータによる個人視聴の調査はわが社に!”とばかり、積極的に導入を推進した。一方の民放連(日本民間放送連盟)が“現行のピープルメータ調査では、“測定数値が低くなる”、“ボタン操作が正しく行われてないのではないか?”など、問題が多々見受けられると導入に異論を唱えると、ニールセンは“しからば、現在、米国で鋭意研究開発中の完全自動化による個人視聴の測定メータ「パッシブ・メータ」のデモンストレーションをさせて欲しい”というように、機械式個人視聴率調査導入に向けた「陣取り合戦」は、ニールセン社主導のままに展開されていった。

慎重だったビデオリサーチ
 対するビデオリサーチの対応は、どうだったろう? 当時、経営計画室・室長であった筆者は、この調査の導入については、1985年、英国の視聴率調査会社・AGB社が米国のボストンでこの調査の実験を開始した当初から強い関心を示し、三大ネットワークCBSの調査責任者D.ポルトラック氏を始め、ABCR.モンテサーノ氏、NBCP.スケボーン氏、米国広告調査財団(ARF)のM.ネイプル会長やL.ストダードJr.氏、広告代理店S&S社の広報責任者B.フランク女史、視聴率調査会社ニールセンのJ.ディムリング社長及びニールセンの競合・アービトロン社のリサーチ・ディレクターのP.メグロッツ氏らを訪問し、情報の収集に努めた。
 筆者の得た情報をもとに、米国には、さらなる問題としてOOHOut Of Home Viewing:自宅外視聴)の測定やVCRの測定調査などがプライオリティとしてあるものの、この調査が近日中に広告取引のスタンダードとなるとの判断から、導入の準備は怠りなくしておくことが確認された。しかし、表面上ビデオリサーチの取ったスタンスは、あくまでも“主協、業協(日本広告業協会)、民放連による「三者合意」が先決”という慎重なものであった。

米国リサーチャーの協力
 一方、P.メグロッツ氏と彼の朋友で当時プエルトリコでピープルメータ調査を導入した視聴率調査会社Mediafax社のB.マケーナ社長には、その後の情報を漏らさず教えて欲しいとの約束を取り付けた。今もって、彼らの献身的な協力なくして、ピープルメータ調査の導入に的確な判断は出来なかったろうと思う。
 翌1988年、ネイプル氏からCONTAMがニールセン・ピープルメータ調査を検証した「CONTAM Report(*)」が送られてくるとともに、ストダードJr氏とマケーナ氏からARF主催のシンポジューム「Worldwide Electronic Audience Measurement 」のカンファレンスが、ニューヨーク・ヒルトンホテルで開催されるので“是非、来るように”との案内が届いた。
(つづく)

(*)CONTAM及びCONTAM Report1962年にニールセン調査の検証を目的として、3大ネットワークが中心となって創設した監査機関。
CONTAM Report1988年から22ヶ月、100万ドルの経費を投じてピープルメータ調査のサンプリングからレポーティングまでの全行程について、その整合性を監査した全7600ページに及ぶ監査報告書のこと。

2014年10月31日金曜日

第17回:視聴「質」調査の導入をめぐって①

TBSとフジテレビのバトル
 それは19872月、TBSによる4月新番組についての記者会見の席上で起きた。
 TBSが好調なフジテレビのゴールデンタイムの視聴率について、“確かにフジの視聴率は高いかも知れないが、それは7時台のマンガの視聴率が高いことによるもので、子供向けのアニメを見るような世帯は視聴層も偏っており、TBSほどの「多様性」はない”と主張。わがTBSの番組はフジテレビのように「小衆・分衆」といった特定ターゲットにしか見られないのではなく、子供から大人まで多様な人々に見られているのだと一蹴したのである。
 これに対し、フジテレビ社長の羽佐間重彰(赤穂四十七士・間光興の子孫)が、TBSの発言を“引かれ者の小唄だ”と応酬。両局による番組編成・制作を巡る論争は、ジャーナリズムの格好な関心の的となったのであった。

主協(日本広告主協会:現・日本アドバタイザーズ協会)が肩入れ
 こうしたTBSとフジテレビの視聴の「質」を巡る論議に、広告主側から“ターゲットにどれだけ見られているかを示す新たな指標として「視聴質」という尺度があってもいいのではないか?”という考えが出され、日本広告主協会(=主協、現・日本アドバタイザーズ協会)の電波委員長・福原義春(当時、資生堂社長、洋ランの研究者)から、正式に番組の視聴の質を測る具体的な評価基準の一環として、「ターゲット別視聴率」の必要性が提起され、その解決策として、当時、米国で導入されたばかりの機械式個人視聴率測定装置「ピープルメータ」の導入の可能性が俎上に上がったのであった。
  当時、わが国では三井造船、NTT通信、ミノルタ、海上電氣などの各社が魚群探知機と超音波の技術を使って機械式による個人視聴率測定装置の開発を推進。1990年、日本データコム社が、わが国初の機種として「Vラインメータ」を完成させた。
 この測定機完成の報に、“「視聴質」の問題が解決できる”と、いち早く主協が反応したのであった。

「ピープルメータ」の導入を巡る綱引き
 他方、在京テレビ5社も同年11月、編成・営業・調査部長らによる「個人視聴率問題懇談会」を発足させ、主協の動向に対応する姿勢を見せたのである。
 活字メディアを味方に引き入れ、“先進国でピープルメータ調査を導入していないのは日本だけ”との論陣を張り、ピープルメータの導入に積極的な主協は、視聴率ビジネスでビデオリサーチに水をあけられ、焦るニールセン社に対し、“支援を惜しまないから”と、この新システムの導入を働きかけたのである。
 電波委員長・福原の攻勢は鋭く、主協は日本民間放送連盟(民放連)、日本広告業協会(業協)に声をかけ、すでにこの調査を導入している米、英、仏にむけて「研修視察」の敢行を促したのであった。視察旅行は、三業態の呉越同舟の旅ではあったが、コミュニケーションの醸成には大いに役立ったようで、帰国後の議論では、“導入は時期尚早であり、ベターな測定機器の完成を待っても遅くはない”と、一致した結論が示された。
 梯子を外されたのは、主協の支援が得られると当てにしていたニールセンである。社長の堀越慈(元・ライオン歯磨、慶應ラグビーの名プレーヤー)が福原のもとにねじ込んできた。“ならば米国で実験中の完全自動化測定装置「パッシブメータ」のデモをやらせて欲しい”と食い下がったのである。

 そこには、なりふり構わぬ堀越の「焦り」が垣間見えたのだった。(つづく)

2014年10月1日水曜日

第16回:大きく舵を切った80年代の米国視聴率調査

3大ネットワークを脅かすCATV
 米国のテレビ事情について、少しお話ししてみよう。
 1970年当時、テレビが最もよく視聴される夜の時間帯(プライムタイム)の3大ネットワーク(ABCCBSNBC)のオーディエンス・シェア(全世帯のテレビ視聴に占める3大ネットワークの視聴割合)は、軽く90%を超えており、圧倒的な力を示していた。
 ところがテレビの難視聴対策として登場したケーブルテレビ(CATV)の成長は著しく、当初は7チャンネルの番組しか楽しめなかったケーブルテレビの受信契約は順次増加し、1990年には33局も視聴できるようになり、ついに3大ネットワークのオーディエンス・シェアは40%を下回るほどにまで落ちていったのであった。
 当然のことながら、記憶に頼る日記式の調査手法で、多局化したテレビを見ている人の視聴を正確に測定することは出来なくなったのである。

マーケット・セグメンテーションへのニーズ
  加えて広告主は自らの商品広告に「セグメンテーション」の考え方を導入。自社製品のターゲットに合わせたマーケティング・データとして、性・年齢別の細かい視聴率データを求めたのである。
 コカコーラやジレット、マクドナルドなどの広告主は、Y&RJ.W.トンプソン、BBDO、テッド・べーツ、グレイ、レオバーネット、マッキャンなどの大手広告代理店を焚きつけ、当時英国でターゲット別の個人視聴率の調査を実施していたAGB社に米国での実験調査を呼びかけ、ボストンで機械式視聴率調査「ピープルメータ」の実施に踏み切らせたのであった。

お尻に火がついたニールセン
 英AGB社から商品ターゲット別に集計される個人視聴率の結果は大きな評価となって業界を席捲。これまで「時期尚早」を決め込み、この調査の導入に極めて否定的な立場をとっていた米ニールセン社も、やむなく導入に踏み切らざるを得なくなったのであった。
 とはいえ、全米1,000サンプルによるニールセンの機械式個人視聴率測定機(ピープルメータ)の調査は、業界に大きな波紋を投げかけたのである。この調査の導入に積極的な
大手広告主に対し、ピープルメータ調査からはじき出される視聴率は、従来の日記式調査に比べ1割以上も低く出たため、ネットワーク各社は断固反対を表明し、ネットワーク局が中心となってニールセンの視聴率調査の妥当性を監査している「CONTAMComittee On Nationwide Television Audience Measurement」は、ニールセンのピープルメータ調査に対し、“CBS lashes out at meter flaws’(ニールセンの調査は欠陥とCBSが批判)”なる記事で応酬。事態は正式導入か否かを巡って、紛糾した。
 この調査の問題は大きく二つ。調査対象サンプルの代表性とボタン操作の信頼性を巡る論争であった。1987年、この導入は果たされるのであるが、10年後、今度は同じ問題が、わが国において繰り返されることになるのである。            (つづく)