テレビウォッチャー

2014年4月9日水曜日

映像メディアの調査はどのように行われているのか? 第5回:第三者機関による「ラジオ調査」始まる

調査を手放さぬ電通
 ラジオの聴取率調査を仕切ることは、よほど美味しいものだったに違いないのだろう。頭では“調査は第三者機関で行うべきだ”と判っていても、電通が「ラジオ聴取率調査」を手放すことはなかった。
 頑なな電通を突き動かしたのは、広告代理店のライバル博報堂だった。なかでもラジオ部長のK氏の思い入れは強く、折に触れては“電通はまだラジオ調査に拘っているのですか?”、“ビデオさん。もっと積極的に動いて下さいよ”と矢の催促をしてきた。われわれとて、手を拱いていたわけではない。専務のHは電通時代の部下であったH部長に移管を強く求めるとともに、ラジオ各社を訪問。ラジオ調査の第三者調査機関への移行を積極的に説いて回ったのであった。

ついにラジオ調査がビデオリサーチの手に
 その日は唐突にやってきた。それは電通ラジオ調査担当のH部長からの一本の電話であった。“一寸来ないか?”そんな一言だったように思う。出向いてみると“ラジオ調査を呉れてやるよ”と上から目線の、実にそっけない一言だった。
 今もって、“あんなに頑なに「ラジオ調査」の移管を固辞していた電通が、なぜ?”の疑問は解けていない。ただ“時の流れとはそんなもの”との思いがあるだけである。強いてそのわけをこじつけるとすれば、その少し前、NHKのラジオ調査の調査票を、従来の番組を調査票に記入する方法から5分単位の時間軸と番組表の二本立てで実施することを提案。その「案」が高く評価され、採用されたことくらいしか思い当たらない。
 いずれにしても、長年、電通が実施してきたラジオ調査がビデオリサーチに移管され、文字通り第三者の調査機関によるラジオ調査がスタートすることになったのである。

FMラジオ局の測定を追加
 もしかするとビデオへの移行には、当時、力をつけ始めていたFM局の存在があったからかも知れない。あの頃、ビデオリサーチはFM局、とくにFM東京のG部長から強い信頼を得ており、同社の聴取率調査を実施していたのであった。
 電通の「移行」の条件も、“AM局とFM局とを同一の調査票に併記し、同じレベルで調査すること”であった。そう思うと、FM局の番組確認や調査票への付記など、繁雑な作業が増えるばかりで、“もう手放そう”との思いが電通内部に広がってきたのかも知れない。いずれにせよ、「電通ラジオ調査」は円滑にビデオリサーチ社に移行。19795月、「第1回首都圏ラジオ聴取率調査」として、新たなスタートを切ったのであった。
  520日から同月26日までの1週間の調査レポートは、72日、無事発刊された。調査の結果は電通調査とほぼ同じ傾向で、TBSラジオが最もよく聞かれているというものであったが、特筆すべきは“FM局が意外な健闘を見せたこと”を覚えている。
 次回から「テレビの視聴率調査」について論じていこう。

0 件のコメント:

コメントを投稿